第二章-人物の必須条件
書き下し文
謝太傅(しゃたいふ)絶(はなはだ)褚公(ちょこう)を重んじ、常に稱すらく、
褚季野は言わずと雖(いえど)も、而(しか)も四時(しジ)の気も
亦(ま)た備われり。
現代語訳
謝太傅は褚季野を非常に重んじ、いつもほめ称えてこう批評していた。
褚季野はなにもいわんけれども、ちゃんと春夏秋冬の季節の気質が
自然に備わっている。
参考)
謝太傅とは晋の名宰相、謝安のこと。
日本の大石内蔵助の大陸版といえる。
2025年12月29日
世説新語(謝太傅絶褚公を重んじ)
posted by 成功の道しるべ at 19:30| 世説新語
2025年12月25日
世説新語(王偉元の門生本縣の役する所と爲り)
書き下し文
王偉元(いげん)の門生(もんせい)、本縣の役する所と爲(な)り。
令に属(たの)んで爲に脱(まぬか)れんこよを求む。
王曰く、卿(けい)の學は以て身を庇(おお)うに足らず。
吾がコは以て卿を庇(かば)うに足らず。之に屬むとも何の益かあらんと。
乃(すなわ)ち歩(ほ)して乾(ほしいい)を担(にな)い、
児は塩豉(えんし)を負い、所役の生を送つて県に到(いた)る。
ゥ生隨(したが)う者千人。
令以(おも)えらく偉元已(すでに)に詣(いた)ると。
衣を整へて出て迎ふ。
偉元乃ち下道(かどう)より土牛(どぎゅう)の傍(そば)に至り、
罄折(けいせつ)して立ち、自ら言う。
門生縣の役と爲る、故に來(きた)って送別すと。
因(よ)って手を執って涕泣(ていきゅう)して去りぬ。
令即(すなわ)ち此の生を放遣(ほうけん)せり。
一縣皆以て為に恥(は)じぬ。
現代語訳
王偉元の門生が県の役所の仕事に徴発された、そこでその県の長官に頼んで免疫
にしてもらいたいということを求めた。
王がいう、お前の学をもって身を庇うには足らない。
私のコはそれをもってお前を庇うに足りない。
たとえ長官に頼んでも果たしてどれほど功を奏するかと。
乃ち歩して乾を担い、児は塩豉を負い、所役の生を送つて県に到る。
そして彼は干飯担いて、子供たちは料理に使う味噌の類を背負って、
門生を送って役所まで従った。
その数は千人、長官は至高の学者、偉元先生がさっそく自分に挨拶に来てくれた。
と衣を整えて出て迎えた。しかし偉元は本道ならぬ間道から城外の土俗的な建物の
傍らに行って、腰を曲げて立ち、こういう。
私はなにも長官のところへ来たのではない。
自分の門生が徴発されて労働者になって出かける、それを送るために来たのだと。
そして門生の手を取って悲しそうに泣いて去った、慌てた長官はただちに
門生を放ち逃した。県のある者はみんなその話を聞いて、自分を反省せしめられて
恥ずかしく思った。
これで、第一章/知己の信と情は、終わり。
王偉元(いげん)の門生(もんせい)、本縣の役する所と爲(な)り。
令に属(たの)んで爲に脱(まぬか)れんこよを求む。
王曰く、卿(けい)の學は以て身を庇(おお)うに足らず。
吾がコは以て卿を庇(かば)うに足らず。之に屬むとも何の益かあらんと。
乃(すなわ)ち歩(ほ)して乾(ほしいい)を担(にな)い、
児は塩豉(えんし)を負い、所役の生を送つて県に到(いた)る。
ゥ生隨(したが)う者千人。
令以(おも)えらく偉元已(すでに)に詣(いた)ると。
衣を整へて出て迎ふ。
偉元乃ち下道(かどう)より土牛(どぎゅう)の傍(そば)に至り、
罄折(けいせつ)して立ち、自ら言う。
門生縣の役と爲る、故に來(きた)って送別すと。
因(よ)って手を執って涕泣(ていきゅう)して去りぬ。
令即(すなわ)ち此の生を放遣(ほうけん)せり。
一縣皆以て為に恥(は)じぬ。
現代語訳
王偉元の門生が県の役所の仕事に徴発された、そこでその県の長官に頼んで免疫
にしてもらいたいということを求めた。
王がいう、お前の学をもって身を庇うには足らない。
私のコはそれをもってお前を庇うに足りない。
たとえ長官に頼んでも果たしてどれほど功を奏するかと。
乃ち歩して乾を担い、児は塩豉を負い、所役の生を送つて県に到る。
そして彼は干飯担いて、子供たちは料理に使う味噌の類を背負って、
門生を送って役所まで従った。
その数は千人、長官は至高の学者、偉元先生がさっそく自分に挨拶に来てくれた。
と衣を整えて出て迎えた。しかし偉元は本道ならぬ間道から城外の土俗的な建物の
傍らに行って、腰を曲げて立ち、こういう。
私はなにも長官のところへ来たのではない。
自分の門生が徴発されて労働者になって出かける、それを送るために来たのだと。
そして門生の手を取って悲しそうに泣いて去った、慌てた長官はただちに
門生を放ち逃した。県のある者はみんなその話を聞いて、自分を反省せしめられて
恥ずかしく思った。
これで、第一章/知己の信と情は、終わり。
posted by 成功の道しるべ at 10:42| 世説新語
2025年12月23日
世説新語(皇甫謐、從姑子-梁柳有り)
書き下し文
皇甫謐(こうほひつ)、從姑子(じゆうこし)梁柳(りょうりゅう)有り。
城陽の太守と爲り、將(まさ)に官に之かんとす。
或(ある)ひと士安に勸めて之を餞(おく)らしむ。
士安曰く、柳、布衣(ほい)たりし時、吾(わ)れを過(よぎ)る、
吾れ送迎に門に出でず。
食は鹽菜(えんさい)に過ぎざりき。
今之を送るば、是(こ)れ城陽の太守を貴んで、而(しこう)して
梁柳を輕んずるなり。心の安んずる所に非ずと。
現代語訳
皇甫謐には、父方の叔母の子梁柳があった。その梁柳が城陽の太守となり、
まさに任地に行こうとしたとき、ある人が士安、すなわちに皇甫謐に
これを送ったらどうかと勧めた。
それに対して皇甫謐はいった。柳はまだ無官の庶人であったころ、
私のところに立ち寄った。私は門まで出て迎えるとか、
送るというようなことはしなかった。
食は菜っ葉に塩をかけてという誠にお粗末な野菜料理にすぎない。
いま柳を送れば、それは城陽の太守を貴んで梁柳を軽んずることになる。
彼が太守になろうがなるまいが、そういうことは関係ないと。
本書より抜粋
後漢末期の頃には、名節を尊んでこのように隠遁したり野に帰したり、
山中に入ってしまったりという、真人、哲人、奇人などいろんな人を
排出した。彼もまたその一人であった。
これはまさに素心、素交、素友の典型的な話であります。
中略
彼はこの梁柳がどうあろうがそんなことは関係ない。
ただ縁続きの間柄で親しいだけのこと。彼が太守になったから
といって、なのもことさら付き合う態度を変える必要はない
というのであります。
”素心、素交、素友”素敵な言葉ですね。"
皇甫謐(こうほひつ)、從姑子(じゆうこし)梁柳(りょうりゅう)有り。
城陽の太守と爲り、將(まさ)に官に之かんとす。
或(ある)ひと士安に勸めて之を餞(おく)らしむ。
士安曰く、柳、布衣(ほい)たりし時、吾(わ)れを過(よぎ)る、
吾れ送迎に門に出でず。
食は鹽菜(えんさい)に過ぎざりき。
今之を送るば、是(こ)れ城陽の太守を貴んで、而(しこう)して
梁柳を輕んずるなり。心の安んずる所に非ずと。
現代語訳
皇甫謐には、父方の叔母の子梁柳があった。その梁柳が城陽の太守となり、
まさに任地に行こうとしたとき、ある人が士安、すなわちに皇甫謐に
これを送ったらどうかと勧めた。
それに対して皇甫謐はいった。柳はまだ無官の庶人であったころ、
私のところに立ち寄った。私は門まで出て迎えるとか、
送るというようなことはしなかった。
食は菜っ葉に塩をかけてという誠にお粗末な野菜料理にすぎない。
いま柳を送れば、それは城陽の太守を貴んで梁柳を軽んずることになる。
彼が太守になろうがなるまいが、そういうことは関係ないと。
本書より抜粋
後漢末期の頃には、名節を尊んでこのように隠遁したり野に帰したり、
山中に入ってしまったりという、真人、哲人、奇人などいろんな人を
排出した。彼もまたその一人であった。
これはまさに素心、素交、素友の典型的な話であります。
中略
彼はこの梁柳がどうあろうがそんなことは関係ない。
ただ縁続きの間柄で親しいだけのこと。彼が太守になったから
といって、なのもことさら付き合う態度を変える必要はない
というのであります。
”素心、素交、素友”素敵な言葉ですね。"
posted by 成功の道しるべ at 14:58| 世説新語
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