書き下し文
朱百年(しゅひやくねん)家貧し。母冬月(とうげつ)を以て亡(ぼう)す。
衣、並(みな)絮(わた)無し。
百年此(こ)れより綿帛(めんぱく)を衣(き)ず。
甞(かつ)て寒時に孔思遠(こうしえん)に就きて宿す。
衣、悉(ことごと)く裌布(こうふ)なり。
酒を飮んで醉眠す。思遠臥具(がぐ)を以て之を覆ふ。
百年初め知らず。既に覺めて引き去り。思遠に謂(い)いて曰く、
綿は常に奇溫なりと。因(よ)りて涕(なみだ)を流して悲慟(ひどう)す。
思遠も亦た為に感泣(かんきゅう)しぬ。
現代語訳
朱百年は家が貧しかった。母は冬月に亡くなった。
衣にはどれも綿がない。竝びに絮無し。百年は綿の入った温かい
着物を着なかった。ある非常に寒いときに孔思遠のところに泊まった。
衣服はことごとく合わせである。酒を飮んで醉って寝てしまうと、孔思遠
が夜具をもって百年にかけてやった。
百年は最初こそ知らないが、やがて覚め思遠にいう。
綿というものは温かいものだなぁと。
こんな温かいものを着ずに死んだ母を思い涙を流して悲しく慟哭(どうこく)した。
思遠もまたそのために感極まって泣いた。
参考
朱百年-六朝宋の時代の隠士
孔思遠-宋の武帝の時の侍従武官
2026年01月15日
世説新語(朱百年家貧し)
posted by 成功の道しるべ at 14:00| 世説新語
2026年01月10日
人物とは?
世説新語を読むといろんな人物像がでてくる。
ヘー、こういう生き方もあるんだナーという感心するものばかり。
では、我々があの人は「人物」だという人は、どのような素養を持っているのか。
それを知りたいところだ。
で、以前書いた記事の知識、見識、胆識の中の一文を紹介する。
***「見識」というものは「知識」とは違います。
「知識」を得ることは簡単ですが、「見識」というものは、性命より生ずる
理想を追及して、初めて得られるものです。
即ち理想に照らして、現実の複雑な経験を断定するものであります。
人生に大事なものは知識より見識であります。
我々はいくら知識があり、学問があっても、日常生活の中の些細な問題さえ
決定できぬことが多い。
偉い学者といわれる人が、つまらぬ一瑣事に囚われるということは、
つまり知識と見識が違うからです。
したがって見識というものは一つの決断力であり、これは人生において
直ちに行為となって現われなければならぬ、決断は同時に行為でなければならぬ。
したがって見識というものは、実践的でなければならぬ。
ところが見識が実践的になるには、またここに一つの勇気がいるわけである。
この実践的勇気を称して「胆力」といいます。
だから見識というものは胆力でなければならぬのであります。
見識は進んでいえば「胆識」でなければならぬ。
この見識を胆識にまで、つまり「胆力のある見識」にするには
理想というものが一貫不変でなければならぬ。
本物の志気になればなるほど、見識は胆識になってくる。
この理想の一貫不変性を称して「気節」とか「節操」とか「信」というのであります。
そうすると、我々のささやかな生活、刹那的生活が、理想という遠大な
ものに結ばれることによって、それだけ大きさを生んでくるわけです。
人間生活、自己自身に大きさを生んでくる。
これを称して「器」とか「度」とか「量」とかいいます。
これを結んで「度量」とか「器量」ともいいます。
「あの人は器量人である」「あの人は度量がある」ということの本当の意味は、
いかに遠大なる理想を持ち、いかに見識・気節があるかということであります。
器量ができてくると、それだけ理想と現実とが錬磨されてくるから
ますます深い見識が出来てくる、智慧が出来てくる。
つまり人間の深さというものが生じ、それが洗練されてくるものですから、
そこに「潤い」あるいは「趣」といった情操がにじみ出てくるのです。
そのようにして人間が本当に生きてくるにしたがって、天地の法則のとおり、
人間の性命が躍動してくるから、いわゆるリズミカルになって、
「風韻」というものが生じてくる。
元気というものから志気となり、胆識となり、気節となり、器量となり、
人間の造詣、薀蓄となり、それが独特の情操風格を帯びてくる。
これらが人物であることの根本問題中の根本問題であります。
こういうものを備えてこなければ、人物とはいえない。
人物を練る、人物を養うということは、こういうことを練ることです。***
「安岡正篤」より
以上
ヘー、こういう生き方もあるんだナーという感心するものばかり。
では、我々があの人は「人物」だという人は、どのような素養を持っているのか。
それを知りたいところだ。
で、以前書いた記事の知識、見識、胆識の中の一文を紹介する。
***「見識」というものは「知識」とは違います。
「知識」を得ることは簡単ですが、「見識」というものは、性命より生ずる
理想を追及して、初めて得られるものです。
即ち理想に照らして、現実の複雑な経験を断定するものであります。
人生に大事なものは知識より見識であります。
我々はいくら知識があり、学問があっても、日常生活の中の些細な問題さえ
決定できぬことが多い。
偉い学者といわれる人が、つまらぬ一瑣事に囚われるということは、
つまり知識と見識が違うからです。
したがって見識というものは一つの決断力であり、これは人生において
直ちに行為となって現われなければならぬ、決断は同時に行為でなければならぬ。
したがって見識というものは、実践的でなければならぬ。
ところが見識が実践的になるには、またここに一つの勇気がいるわけである。
この実践的勇気を称して「胆力」といいます。
だから見識というものは胆力でなければならぬのであります。
見識は進んでいえば「胆識」でなければならぬ。
この見識を胆識にまで、つまり「胆力のある見識」にするには
理想というものが一貫不変でなければならぬ。
本物の志気になればなるほど、見識は胆識になってくる。
この理想の一貫不変性を称して「気節」とか「節操」とか「信」というのであります。
そうすると、我々のささやかな生活、刹那的生活が、理想という遠大な
ものに結ばれることによって、それだけ大きさを生んでくるわけです。
人間生活、自己自身に大きさを生んでくる。
これを称して「器」とか「度」とか「量」とかいいます。
これを結んで「度量」とか「器量」ともいいます。
「あの人は器量人である」「あの人は度量がある」ということの本当の意味は、
いかに遠大なる理想を持ち、いかに見識・気節があるかということであります。
器量ができてくると、それだけ理想と現実とが錬磨されてくるから
ますます深い見識が出来てくる、智慧が出来てくる。
つまり人間の深さというものが生じ、それが洗練されてくるものですから、
そこに「潤い」あるいは「趣」といった情操がにじみ出てくるのです。
そのようにして人間が本当に生きてくるにしたがって、天地の法則のとおり、
人間の性命が躍動してくるから、いわゆるリズミカルになって、
「風韻」というものが生じてくる。
元気というものから志気となり、胆識となり、気節となり、器量となり、
人間の造詣、薀蓄となり、それが独特の情操風格を帯びてくる。
これらが人物であることの根本問題中の根本問題であります。
こういうものを備えてこなければ、人物とはいえない。
人物を練る、人物を養うということは、こういうことを練ることです。***
「安岡正篤」より
以上
posted by 成功の道しるべ at 13:19| 世説新語
2026年01月09日
世説新語(劉凝之荊州に隱居す)
書き下し文
劉凝之(りゅうぎょうし)荊州(けいしゅう)に隱居す。適々(たまたま)歳倹(けん)なり。
衡陽(こうよう)王、錢十萬を餉(おく)る。
凝之大に喜び、錢を持して市門に至り。飢色(きしょく)有る者を見て、
悉(ことごと)く之に分與し。俄頃(しばらく)にして都(すべ)て尽きぬ。
現代語訳
劉凝之は荊州に隱居した。その年はたまたま不作で諸事不景気であった。
衡、陽王は気の毒と思って銭十万を送った。
凝は大いに喜んで、その錢を持って市街に出掛け、飢えた者をみるとその
ことごとくを分配し、しばらくするとその銭のすべてが尽きてしまった。
参考)安岡先生はこの本の中で人物学について述べている。
「はたして人物とはなんであるか」それがあまり普段聞きなれない
「骨力」という言葉がキーワードのよう。
いつかそれについてまとめてみたいと思っている。
劉凝之(りゅうぎょうし)荊州(けいしゅう)に隱居す。適々(たまたま)歳倹(けん)なり。
衡陽(こうよう)王、錢十萬を餉(おく)る。
凝之大に喜び、錢を持して市門に至り。飢色(きしょく)有る者を見て、
悉(ことごと)く之に分與し。俄頃(しばらく)にして都(すべ)て尽きぬ。
現代語訳
劉凝之は荊州に隱居した。その年はたまたま不作で諸事不景気であった。
衡、陽王は気の毒と思って銭十万を送った。
凝は大いに喜んで、その錢を持って市街に出掛け、飢えた者をみるとその
ことごとくを分配し、しばらくするとその銭のすべてが尽きてしまった。
参考)安岡先生はこの本の中で人物学について述べている。
「はたして人物とはなんであるか」それがあまり普段聞きなれない
「骨力」という言葉がキーワードのよう。
いつかそれについてまとめてみたいと思っている。
posted by 成功の道しるべ at 14:39| 世説新語
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