書き下し文
漢の哀帝、鄭尚書崇(ていしょうしょすう)に問ふ、卿(けい)の門、何を以て市の如き。
対(こた)えて曰く、臣が門は市の如きも、臣が心は水の如しと。
現代語訳
漢の哀帝が鄭国務大臣に問う、「君の門は人だかりでまるで市のようだ。
それに答えて鄭がいう。
私の門前は人が市をなしておりますが、私の心は水のように澄んでおります。
参考)これも有名な問答です、鄭は本当に清廉潔白で非常に有能な権威ある人。
文字通り崇の人であった。
2026年03月31日
世説新語(漢の哀帝、鄭尚書崇に問ふ)
posted by 成功の道しるべ at 18:54| 世説新語
2026年02月25日
世説新語(羅可、性度寛宏なり)
書き下し文
羅可(らか)、性度寛宏(かんこう)なり。
嘗(かつ)て其の園蔬を窃(ひそか)に刈る者有り。
適々(たまたま)遇(あ)い見て却(かえ)って草間(そうかん)に
避けて以て其の去るを俟(ま)つ。
又其の鶏を攘(ぬす)み殺す者あり。
可、壺(こ)を携えて之に就いて曰く、
子と里閭(りりょ)を同じうし、鶏を煮て以て子を待つこと能わず。
我れ誠に自ら愧(は)づと。
其の妻孥(さいど)を呼び環坐(かんざ)し、醉(すい)を尽して帰る。
人是(こ)れよりて相誡(いまし)めて犯すなし。
現代語訳
羅可は性格は非常に穏やかでゆったりとしていた。
かつて彼の所有する園の野菜をひそかに刈る者がおり、たまたまそいつを見つけたが、
かえって草間に避けてそいつが去るのを待ってあえて咎めなかった。
また、鶏を盗んで殺した者があった。
その時、羅可は壺、つまり酒を一本持ってこれに就いていっていう。
君とは村里を同じくしている。
それなのに鶏を飼っていながら、君に御馳走してやることもなく,誠に恥ずかしい。
すまん。そしてそいつの妻子まで呼び丸く座って酒と鶏の会食を十分にして帰ってきた。
人々はこれを聞いて、自分を戒めてその後は盗みをしなくなった。
参考)この話は晋の時代の有名な詩から取ったもの。
羅可(らか)、性度寛宏(かんこう)なり。
嘗(かつ)て其の園蔬を窃(ひそか)に刈る者有り。
適々(たまたま)遇(あ)い見て却(かえ)って草間(そうかん)に
避けて以て其の去るを俟(ま)つ。
又其の鶏を攘(ぬす)み殺す者あり。
可、壺(こ)を携えて之に就いて曰く、
子と里閭(りりょ)を同じうし、鶏を煮て以て子を待つこと能わず。
我れ誠に自ら愧(は)づと。
其の妻孥(さいど)を呼び環坐(かんざ)し、醉(すい)を尽して帰る。
人是(こ)れよりて相誡(いまし)めて犯すなし。
現代語訳
羅可は性格は非常に穏やかでゆったりとしていた。
かつて彼の所有する園の野菜をひそかに刈る者がおり、たまたまそいつを見つけたが、
かえって草間に避けてそいつが去るのを待ってあえて咎めなかった。
また、鶏を盗んで殺した者があった。
その時、羅可は壺、つまり酒を一本持ってこれに就いていっていう。
君とは村里を同じくしている。
それなのに鶏を飼っていながら、君に御馳走してやることもなく,誠に恥ずかしい。
すまん。そしてそいつの妻子まで呼び丸く座って酒と鶏の会食を十分にして帰ってきた。
人々はこれを聞いて、自分を戒めてその後は盗みをしなくなった。
参考)この話は晋の時代の有名な詩から取ったもの。
posted by 成功の道しるべ at 21:43| 世説新語
2026年02月18日
世説新語(楊憑の罪を得るや)
書き下し文
楊憑(ようひょう)の罪を得るや、姻友(こんゆう)敢(あえ)て送る者無し。
独り徐晦(じょかい)のみ送つて藍田(らんでん)に至る。
権載之(けんさいし)、徐に謂う、君誠に楊臨賀(ようりんが)に厚し。
乃(すなわ)ち累を爲(な)すなからんや。
徐曰く、晦布衣(かいほい)の時より、楊、我(わ)れを知ること厚し。
茲(こ)の流播(りゅうほ)に方(あた)って、寧(なん)ぞ言無くして
而(しこう)して別るるに忍びんや。。
如(も)し公(きみ)、姦佞(かんねい)の為に譛斥(しんせき)せらるることあらば、
敢へて自ら路人に同じうせんや。
載之、其の長厚を歎(たん)じぬ。
現代語訳
楊憑が左遷されると親戚筋の縁者たちは敢えてそれを見送る者はいなかった。
ただ独り徐晦だけが送って藍田までついてきた。
権載之が徐にいう。君は誠に楊臨賀に友情に厚いことは結構だが累が及ばないか。
徐が答えていう、私がまだ無官のときから楊憑は私の知己である。
この流謫にあたって言葉なく別れるなんてどうして忍びえようか。
寧ろ言無くして別るゝに忍びんや。
公姦佞に譛斥しんせきせ爲るゝが如き有らば、敢へて自ら路人に同じうせん乎と。
載之其の長厚を歎ず。
参考)楊憑-中国の唐の時代の有名人
楊憑(ようひょう)の罪を得るや、姻友(こんゆう)敢(あえ)て送る者無し。
独り徐晦(じょかい)のみ送つて藍田(らんでん)に至る。
権載之(けんさいし)、徐に謂う、君誠に楊臨賀(ようりんが)に厚し。
乃(すなわ)ち累を爲(な)すなからんや。
徐曰く、晦布衣(かいほい)の時より、楊、我(わ)れを知ること厚し。
茲(こ)の流播(りゅうほ)に方(あた)って、寧(なん)ぞ言無くして
而(しこう)して別るるに忍びんや。。
如(も)し公(きみ)、姦佞(かんねい)の為に譛斥(しんせき)せらるることあらば、
敢へて自ら路人に同じうせんや。
載之、其の長厚を歎(たん)じぬ。
現代語訳
楊憑が左遷されると親戚筋の縁者たちは敢えてそれを見送る者はいなかった。
ただ独り徐晦だけが送って藍田までついてきた。
権載之が徐にいう。君は誠に楊臨賀に友情に厚いことは結構だが累が及ばないか。
徐が答えていう、私がまだ無官のときから楊憑は私の知己である。
この流謫にあたって言葉なく別れるなんてどうして忍びえようか。
寧ろ言無くして別るゝに忍びんや。
公姦佞に譛斥しんせきせ爲るゝが如き有らば、敢へて自ら路人に同じうせん乎と。
載之其の長厚を歎ず。
参考)楊憑-中国の唐の時代の有名人
posted by 成功の道しるべ at 10:50| 世説新語
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