本論に入る前に。
論語について述べて来たので本来なら、その対局にある「老子」に
ついて書くつもりでいた。
老子を理想主義ととらえれば論語は現実主義。
しかしそれでは、読者に混乱を招く畏れがあったのであえて
この書を挟むことにした。
酔古堂剣掃(スイコドウケンスイ)と読む。
この書物については後ほど解説する。
書き下し文
世路(せろ)中の人、或いは功名を図り、或いは生産を治め、
儘(みな)自(みずか)ら正経(せいけい)とす。
天地間の好風月、好山水、好書籍、了(つい)に相渉(あいわた)ら
ざるを争奈(いかん)せん。
豈(あ)に一生を枉脚(おうきゃく)するにあらずや。
現代語訳
世俗の人は何か人から羨ましがられるようなことをやりたい。
例えば今で言えば、著名な事業家、政治家、芸能人、芸術家などになること。
そして、それを本筋の生き方だと考えている。
そのうえ、天地間の好風月、好山水、好書籍、というものを楽しんで
身につけることに関与しない、なんと勿体ない話ではないか。
もし視点を変えてまわりをよく見ると人生もっと豊かになる。
2025年08月19日
酔古堂剣掃-01(世路中の人或いは功名を図り)
posted by 成功の道しるべ at 15:49| 酔古堂剣掃
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