2025年08月26日

酔古堂剣掃とは01

安岡正篤師の酔古堂剣掃(すいこどうけんすい)を教科書に使う。

では、酔古堂剣掃とはどんな書物であろうか。
本書から抜粋
酔古堂剣掃という書物は、明末の教養人・陸紹珩(りくしょうこう)が長年愛読した
古典の中から会心の名言・嘉句を収録した読書録であります。
当時中国は伝統的な儒教、仏教、道教が知識階級に普及してそれまで対立していた
儒,仏、道の我が取れて自由に三教に遊ぶような読書人、教養人、というような者が
多数排出した。これは明代の一つの特徴でありそういう中から王陽明や陳竜泉とか
いろいろな偉い人も出た。

発達した読書人階級の間に単に知識を習得して資格試験に及第する学問というもの
だけでなく、人間及び生活そのものを潤す真の意味の学問が普及し人間学の貴重な
書物、善本がたくさん出た。
西洋人の言うカルチャーとしての学問、読書これが大変に発達し普及したので
あります。その一つが菜根譚であり酔古堂剣掃であります。
ただ、内容としては酔古堂剣掃の方が比較にならない程豊富です。

参考
酔古堂:陸紹珩の雅号
 剣掃:彼が愛読した書物の名言・嘉言を剣(心)で邪気を掃(は)らうという意味。


posted by 成功の道しるべ at 17:13| 酔古堂剣掃

2025年08月24日

酔古堂剣掃-03(人、一字識らずして而も詩意多く)

書き下し文

人、一字識(し)らずして而(しか)も詩意多く、
一愒(いちげ)参ぜずして而も禅意多く
一勺(いっしゃく)濡(ぬ)らさずして而も酒意多く
一石(いっせき)暁(さと)らずして而も画意多くあり。
淡宕(たんとう)の故なり。

現代語訳
人は教養があるなしにかかわらず、その人自身が詩人的でる。
禅にはいろいろな公案というものがあるが、そんなことをやらなくても
禅の心を持った人がいる。
全然お酒が飲めなくても、その場を盛り上げて楽しませる人がいる。
石の絵の描き方も知らないで、しかも絵心が豊かな人がいる。
どうしてそうなのか、淡宕(たんとう)の故なり。

淡宕:この語を説明したいが、それだけで一文になるのでしばしお待ちください。
posted by 成功の道しるべ at 22:53| 酔古堂剣掃

2025年08月21日

酔古堂剣掃-02(刺を投じて空しく労するは元と生計に)

書き下し文

刺(し)を投じて空(むな)しく労するは元(も)と生計にあらず。
裾(すそ)を曳(ひ)いて自ら屈するは豈(あ)に是(こ)れ交遊ならんや。

現代語訳
名刺を差し出してあっち、こっちと動きまわり功名を図り事業の成功を求める。
それは、人間の生きる計りごとに違いないが、根本的、本質的な生計ではない。
正装すなわち背広などきちっとした身なりでいろんな所に日参し
頭を下げてご機嫌とりをするのは、本当の交際などでは無い。
posted by 成功の道しるべ at 11:45| 酔古堂剣掃
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