2025年09月12日

酔古堂剣掃05(貧にして客を享す能わず) 。

書き下し文

貧にして客を享(もてなす)す能(あた)わず。
而(しか)も客を好む。老いて世に狗(したが)う能ず。
而も世に維(つな)がるを好む。
窮して書を買う能ず。而も奇書を好む。

現代語訳
人は歳をとるといろいろな経験を積んで、世の中が分かって来る。
ただ心が貧しいと世間のもろもろに従うことが出来ない。
しかし、どこかで世と共鳴していたい。
また、世間から歳をとって頑固だと言われる。
なので世俗と妥協出来ない。
だからといって、簡単に世を去るのは忍びない。
貧乏して書を買えない、しかし珍しい本があると欲しくなる。
奇書を好む、読書人の共鳴することだ。

posted by 成功の道しるべ at 10:47| 酔古堂剣掃

2025年09月05日

酔古堂剣掃04(田園真楽あり瀟酒ならずんば)

書き下し文

田園真楽あり、瀟酒(しょうしゃ)ならずんば終(つい)に忙人となる。
誦読(しょうどく)真趣あり、玩味(がんみ)せずんば終に鄙夫(ひふ)となる。
山水真賞あり、領会(りょうえ)せずんば漫遊となる。
吟詠真得あり、解脱せずんば終に套語(とうご)となる。

現代語訳
田園に本当の楽しみがある、ただし心を放り出し無心にならなければ忙人となる。
書を読むということは、真の趣があるしかし玩味しないと卑しい人間になる。
山水を愛でるのは心が洗われる、しかしその中で行われる自然の営みに
心を馳せ無ければ漫遊にすぎない。
詩や和歌を作ることは情感を養う、しかし世俗にとらわれると言葉の遊戯になる。
結局は本人の心掛け次第でどちらにもなる。
posted by 成功の道しるべ at 11:37| 酔古堂剣掃

2025年08月28日

酔古堂剣掃とは02

安岡正篤師の酔古堂剣掃からの抜粋。
どちらかというと、こちらの方が本質をついている。

「酔古堂剣掃」これは単なる一片の知識だとか理論というものではない。
人間が人間としての人格、人間としての教養、人間としての生活を潤す。
孟子の言葉で言うと「心広体胖」(しんこうたいはん)、人間の心を広く
体を胖(ゆた)かにする「広胖」(こうはん)という言葉があるが、心身を本当に養う。
つまり心の食べもの、「心広体胖」ならしめる精神、魂の食物であります。

ちなみに、「2014-03-28-心の機能と学問」のブログで関連する内容を書いて
いるので、参考までに!
posted by 成功の道しるべ at 11:28| 酔古堂剣掃
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