2025年01月08日

呂氏春秋05(出ずるに車を以ってし)


書き下し文
出(い)ずるに車を以ってし、入(い)るに輦(れん)を以ってし、務(つと)めて以って
自ら佚(いつ)する。これを命(な)ずけて招蹶(しょうけつ)の機と曰(い)ふ。

現代語訳
出掛ける時に車に乗ったり、門内では手車を使ったりと、できるだけ楽をしている。
そうすると、足腰が弱くなって生命、エネルギーというものが段々と細ぼってくる。
これを招蹶(しょうけつ)の機という。
解説
招蹶の機は、そのまま用いた方がすっきりするので訳さなかった。
招蹶の機とは、つまり脚気(かっけ)のもと。
また、蹶(けつ)とは、つまずく、たおれるの意味。
「ふくらはぎ」は、第二の心臓と呼ばれる、体の全機能を考える上で大切な部分。
posted by 成功の道しるべ at 14:20| 呂氏春秋

2025年01月07日

呂氏春秋04(全生を上と為し)

書き下し文
全生(ぜんせい)を上(かみ)と為(な)し、虧生(きせい)を之(これ)に次、
死之に次ぎ、伯生(はくせい)を下(しも)と為(な)す。
所謂(いわゆる)全生とは六欲皆其(ろくよくみなそ)の宜(よろ)しきを得(う)るなり。
所謂虧生とは六欲皆其の宜(よろ)しきを分得(ぶんとく)するなり。
虧生は則(すなわ)ち其の之を尊ぶ者に於いて薄(うす)きなり。
所謂死とは以って知る所有る無く、その未生(みせい)に復(かえ)るなり。
所謂伯生とは六欲皆其の宜しきを得る莫(な)きなり。

現代語訳
生の理を全(まっと)うする全生を上となし、虧生は全生までいかないが、
その幾分かを掴んでいる状態。
死生は、人間の一生の順なので宿命として受け入れるしかない。
伯生は人間には欲を為す筋道があるのに、それを出来ない状態。

仏教では六欲を、六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)によって生じる感覚や意識と言っている。
ここでは、好、悪、喜、怒、哀、楽、の六気のこと。
参考1)小生は上記、二者ともども含めて六欲でもいいのではないかと思っている。
参考2)生の理を全うするとは、六根によって生じる欲によって、真、美、善、の
    価値を充足している状態。

posted by 成功の道しるべ at 14:08| 呂氏春秋

2025年01月06日

呂氏春秋03(これを欲するも何ぞ益せん)

書き下し文
これを欲するも何ぞ益せん.凡そ生の長きや之に順へばなり。
生をして順ならざらしむ者は欲なり。故に聖人は必ず先ず欲を適す。

現代語訳
長生久視を欲っしたからといって何の益になるだろうか。
だいたい、生の長短は神経機能やホルモンの作用などの体の全機能のあらわれである。
それを正常に働かせないのは自分の過ぎた欲望である。
故に聖人は、この欲望を適正におさめるのである。
posted by 成功の道しるべ at 13:52| 呂氏春秋
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