この問答は、公平とは何かを言っている。
書き下し文
晋(しん)の平公(へいこう)、祈黄羊(きこうよう)に問(と)うて曰(いわ)く。
南陽(なんよう)に令(れい)無し。其(そ)れ誰か之(こ)れ為(た)るべき。
対(こた)へて曰く、解狐(かいこ)、可(か)なり。
平公(へいこう)曰く、解狐は子(し)の讎(あだ)に非(あら)ずや。
対(こた)へて曰く、君(きみ)可(か)なるものを問(と)ふ。
臣(しん)の讎(あだ)を問(と)ふに非(あら)ざるなり。
平公曰く。善(よ)し。遂(つい)に之(これ)を用(もち)ふ。
国人(こくじん)善(よ)しと称(しょう)す。
現代語訳
春秋時代、ある時、晋の君主、平公は大臣に今、南陽県では県令が不在である。
そこで、平公が誰をこれに当てたら良いであろうかと、祈黄羊に問うたわけです。
すると祁黄羊は、解狐が良いと言った。
平公曰く、解狐はおまえの仇ではないのか。
祁黄羊は、あなた様は誰が適任かとおっしゃっておるので、私のライバルを問う
ておられるのではありますまい。
よしー、なるほど、、、
そして遂にこれを用いた。
しばらくして、解狐は南陽をきちんと統治し、人々の称賛を受けた。
2025年01月20日
呂氏春秋12(晋の平公、祈黄羊に問うて曰く)
posted by 成功の道しるべ at 14:58| 呂氏春秋
2025年01月16日
呂氏春秋11(隰朋の人と為りは上志して下求し)
書き下し文
隰朋(しゅうほう)の人と為(な)りは上志(じょうし)して下求(かきゅう)し、
黄帝(こうてい)に如(し)かざるを醜(はじ)として己に若(し)かざる者を哀れむ。
其の国に於(お)けるや聞かざるあるなり。其の物に於(お)けるや知らざるあるなり。
其の人に於けるや見ざるなり。已(や)むこと勿(な)くんばすなわち隰朋(しゅうほう)可なり。
現代語訳
朋(ほう)の人と為(な)りは理想を高く持って、しかも実行は下に求める。
黄帝に及ばざるを恥とする。しかも隰朋は己れに及ばざる者を哀れむ。
其の国に於けるや聞いても聞かぬ、知っても知らない。見ても見ないことの出来る人だ。
大勢の人間を支配してゆくには、これがなくてはならぬ。
私の感情、好み、癖というものが出てはいかぬ。
どうしてもと言うなら即ち隰朋が良い。
隰朋(しゅうほう)の人と為(な)りは上志(じょうし)して下求(かきゅう)し、
黄帝(こうてい)に如(し)かざるを醜(はじ)として己に若(し)かざる者を哀れむ。
其の国に於(お)けるや聞かざるあるなり。其の物に於(お)けるや知らざるあるなり。
其の人に於けるや見ざるなり。已(や)むこと勿(な)くんばすなわち隰朋(しゅうほう)可なり。
現代語訳
朋(ほう)の人と為(な)りは理想を高く持って、しかも実行は下に求める。
黄帝に及ばざるを恥とする。しかも隰朋は己れに及ばざる者を哀れむ。
其の国に於けるや聞いても聞かぬ、知っても知らない。見ても見ないことの出来る人だ。
大勢の人間を支配してゆくには、これがなくてはならぬ。
私の感情、好み、癖というものが出てはいかぬ。
どうしてもと言うなら即ち隰朋が良い。
posted by 成功の道しるべ at 10:17| 呂氏春秋
2025年01月15日
呂氏春秋10(管仲病有り。桓公往きて)
書き下し文
管仲(かんちゅう)病(やまい)有り。桓公(かんこう)往(ゆ)きて之に問ひて曰く。
仲父(ちゅうほ)の病、漬(や)むこと甚(はなは)だし。
国人不諱(こくじんふい)ならば寡人(かじん)はた誰にか国を属(しょく)せん。
管仲敬(つつ)しみ諾(だく)して曰(いわ)く、公(こう)誰をか相(しょう)とせんと欲する。
公曰く、鮑叔牙(ほうしゅくが)可(か)ならんか。管仲対(こた)えて曰く、不可。
夷吾(いご)、鮑叔牙と善し。
鮑叔牙(ほうしゅくが)の人と為(な)りは清廉潔直(せいれんけっちょく)にして
己(おのれ)に若(し)かざる者を視(み)れば人に比(ひ)せず。
一たび人の過ちを聞けば、終身忘れず。
已むことなくば隰朋(しゅうほう)其れ可なからんか。」
現代語訳
管仲が病気になりました、そこで桓公が見舞いに行って、次の大臣は誰にしたらよいかと尋ねた。
この時仲父というのはの管仲のことですが、重篤だったわけです。
もし万が一お前が死ぬということになったら、誰に国を任せたら良いか。
管仲は「あなたは誰を国の総理大臣にしようと思いますか」と言う。
桓公は、鮑叔牙なら良いと思うがと答えた。管仲答えて曰く、なりません。
夷吾、鮑叔牙と中が良い。鮑叔牙の人と為りは清廉で潔白率直で自分に及ばぬような
人間は問題にしない。一度他人の過ちを聞けば終生忘れない。
これは我が強いということで、どうしても排他的になる。
何か特別の仕事なら良いが天下の宰相には向かぬ。
他に人がいないというなら、隰朋(しゅうほう)が良いでしょう。
参考
管仲と鮑叔牙は、「管鮑貧時の交」と言って最も相許した間柄。
夷吾とは管仲の字(あざな)
桓公-中国の春秋時代の斉の君主。
管仲(かんちゅう)病(やまい)有り。桓公(かんこう)往(ゆ)きて之に問ひて曰く。
仲父(ちゅうほ)の病、漬(や)むこと甚(はなは)だし。
国人不諱(こくじんふい)ならば寡人(かじん)はた誰にか国を属(しょく)せん。
管仲敬(つつ)しみ諾(だく)して曰(いわ)く、公(こう)誰をか相(しょう)とせんと欲する。
公曰く、鮑叔牙(ほうしゅくが)可(か)ならんか。管仲対(こた)えて曰く、不可。
夷吾(いご)、鮑叔牙と善し。
鮑叔牙(ほうしゅくが)の人と為(な)りは清廉潔直(せいれんけっちょく)にして
己(おのれ)に若(し)かざる者を視(み)れば人に比(ひ)せず。
一たび人の過ちを聞けば、終身忘れず。
已むことなくば隰朋(しゅうほう)其れ可なからんか。」
現代語訳
管仲が病気になりました、そこで桓公が見舞いに行って、次の大臣は誰にしたらよいかと尋ねた。
この時仲父というのはの管仲のことですが、重篤だったわけです。
もし万が一お前が死ぬということになったら、誰に国を任せたら良いか。
管仲は「あなたは誰を国の総理大臣にしようと思いますか」と言う。
桓公は、鮑叔牙なら良いと思うがと答えた。管仲答えて曰く、なりません。
夷吾、鮑叔牙と中が良い。鮑叔牙の人と為りは清廉で潔白率直で自分に及ばぬような
人間は問題にしない。一度他人の過ちを聞けば終生忘れない。
これは我が強いということで、どうしても排他的になる。
何か特別の仕事なら良いが天下の宰相には向かぬ。
他に人がいないというなら、隰朋(しゅうほう)が良いでしょう。
参考
管仲と鮑叔牙は、「管鮑貧時の交」と言って最も相許した間柄。
夷吾とは管仲の字(あざな)
桓公-中国の春秋時代の斉の君主。
posted by 成功の道しるべ at 10:22| 呂氏春秋
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