2025年01月20日

呂氏春秋12(晋の平公、祈黄羊に問うて曰く)

この問答は、公平とは何かを言っている。

書き下し文
晋(しん)の平公(へいこう)、祈黄羊(きこうよう)に問(と)うて曰(いわ)く。
南陽(なんよう)に令(れい)無し。其(そ)れ誰か之(こ)れ為(た)るべき。
対(こた)へて曰く、解狐(かいこ)、可(か)なり。
平公(へいこう)曰く、解狐は子(し)の讎(あだ)に非(あら)ずや。
対(こた)へて曰く、君(きみ)可(か)なるものを問(と)ふ。
臣(しん)の讎(あだ)を問(と)ふに非(あら)ざるなり。
平公曰く。善(よ)し。遂(つい)に之(これ)を用(もち)ふ。
国人(こくじん)善(よ)しと称(しょう)す。

現代語訳
春秋時代、ある時、晋の君主、平公は大臣に今、南陽県では県令が不在である。
そこで、平公が誰をこれに当てたら良いであろうかと、祈黄羊に問うたわけです。
すると祁黄羊は、解狐が良いと言った。
平公曰く、解狐はおまえの仇ではないのか。
祁黄羊は、あなた様は誰が適任かとおっしゃっておるので、私のライバルを問う
ておられるのではありますまい。
よしー、なるほど、、、
そして遂にこれを用いた。
しばらくして、解狐は南陽をきちんと統治し、人々の称賛を受けた。
posted by 成功の道しるべ at 14:58| 呂氏春秋

2025年01月16日

呂氏春秋11(隰朋の人と為りは上志して下求し)

書き下し文
隰朋(しゅうほう)の人と為(な)りは上志(じょうし)して下求(かきゅう)し、
黄帝(こうてい)に如(し)かざるを醜(はじ)として己に若(し)かざる者を哀れむ。
其の国に於(お)けるや聞かざるあるなり。其の物に於(お)けるや知らざるあるなり。
其の人に於けるや見ざるなり。已(や)むこと勿(な)くんばすなわち隰朋(しゅうほう)可なり。

現代語訳
朋(ほう)の人と為(な)りは理想を高く持って、しかも実行は下に求める。
黄帝に及ばざるを恥とする。しかも隰朋は己れに及ばざる者を哀れむ。
其の国に於けるや聞いても聞かぬ、知っても知らない。見ても見ないことの出来る人だ。
大勢の人間を支配してゆくには、これがなくてはならぬ。
私の感情、好み、癖というものが出てはいかぬ。
どうしてもと言うなら即ち隰朋が良い。
posted by 成功の道しるべ at 10:17| 呂氏春秋

2025年01月15日

呂氏春秋10(管仲病有り。桓公往きて)

書き下し文
管仲(かんちゅう)病(やまい)有り。桓公(かんこう)往(ゆ)きて之に問ひて曰く。
仲父(ちゅうほ)の病、漬(や)むこと甚(はなは)だし。
国人不諱(こくじんふい)ならば寡人(かじん)はた誰にか国を属(しょく)せん。
管仲敬(つつ)しみ諾(だく)して曰(いわ)く、公(こう)誰をか相(しょう)とせんと欲する。
公曰く、鮑叔牙(ほうしゅくが)可(か)ならんか。管仲対(こた)えて曰く、不可。
夷吾(いご)、鮑叔牙と善し。
鮑叔牙(ほうしゅくが)の人と為(な)りは清廉潔直(せいれんけっちょく)にして
己(おのれ)に若(し)かざる者を視(み)れば人に比(ひ)せず。
一たび人の過ちを聞けば、終身忘れず。
已むことなくば隰朋(しゅうほう)其れ可なからんか。」

現代語訳
管仲が病気になりました、そこで桓公が見舞いに行って、次の大臣は誰にしたらよいかと尋ねた。
この時仲父というのはの管仲のことですが、重篤だったわけです。
もし万が一お前が死ぬということになったら、誰に国を任せたら良いか。
管仲は「あなたは誰を国の総理大臣にしようと思いますか」と言う。
桓公は、鮑叔牙なら良いと思うがと答えた。管仲答えて曰く、なりません。
夷吾、鮑叔牙と中が良い。鮑叔牙の人と為りは清廉で潔白率直で自分に及ばぬような
人間は問題にしない。一度他人の過ちを聞けば終生忘れない。
これは我が強いということで、どうしても排他的になる。
何か特別の仕事なら良いが天下の宰相には向かぬ。
他に人がいないというなら、隰朋(しゅうほう)が良いでしょう。

参考
管仲と鮑叔牙は、「管鮑貧時の交」と言って最も相許した間柄。
夷吾とは管仲の字(あざな)
桓公-中国の春秋時代の斉の君主。


posted by 成功の道しるべ at 10:22| 呂氏春秋
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