2014年05月10日

言志録、第六(学は立志より要なるは莫し)

佐藤一斎先生の「言志録」立志についての言葉。

「言志録」の第六条

書下し文

学は立志より要なるは莫し。而して立志も亦之れを強いるに非らず。
只だ本心の好む所に従うのみ。

現代語訳
学問であれ他の事業であれ、何かを成し遂げようとすれば、立志すなわち
志を立てその目的に向かって精進することが大事。
だからと云って強制してはならず、本心の命ずるままに行うべきである。

最初は、小さなことでも何かをやりたいと思ったなら、それをあれこれ
考えずに行動すること。
そうすれば、その内に本当にやりたいことが見つかって来る。
どんなに良いことでも、考えの段階では「絵に書いた餅」実践する
ことによって次第に形になって行く。
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2014年05月08日

活きた学問をする(水雲問答)-(活物)

「甲子夜話」の39巻に納められている「水雲問答」から。

ここで云う「雲」は、白雲山人こと板倉勝尚公のことで
「水」は、墨水漁翁(ぼくすいぎょおう)こと林 述斎のこと。



我々の住んでいる天地は常に生成変化している活(いき)物であり、
人事も活(いき)物で固定したものではない。
所が、学問をする人間はそれを変化のない機械的なものと考えて対処
するのでうまくいかない。
故に、世の中の事に関しては、活物ゆえそれに相応する体験とそれから得る
見識を持たなくてはならない。
安穏として生活を送れれば好しとするようでは、不了見者であります。
冬は毛皮の衣服、夏は浴衣とその季節に応じて衣を変えるように
その時々の変化にきちんと対応して行けば、何事も出来ないことはない。
こういう生きた智を分からなければ、何を為しても結果は残せません。



確かに仰せの通りであります。しかし、人は飲食をしない者はいませんが
本当の味を知るは、少ないと言います。
見識と体験に裏打ちするの意見御尤も、しかしそれは物事のよく分かった人と
論じるのは宜しいが、誰でも良いと云うわけではありません。
人それぞれ、技量は違います。
あまり軽々しく意見を述べない方が身の為、また理解させるのも困難であります。

以上が現代語訳

我々が何かを学ぶと云う時、それを活(いき)たものとして、活用しなければ
現実問題を解決する何らの手助けにもならない。

例えば人物観察法一つを取っても、それを応用して自分のものにするには
それなりの体験が必要。

そういう意味において、時代は異なってもこういう賢人たちの問答は表現の
違いこそあれ非常に役に立つ。
posted by 成功の道しるべ at 09:48| Comment(0) | 日記

2014年05月07日

人物観察法(六験法)

バックナンバーで人物観察法(八観法)について述べた。
この観察法は靜的というか、傍観者的な見方。

これに対して、六験法は験というだけあってこちらから働きかけて
それにどう相手が反応するかによって観察する動的な人物の観察法
と云うことが出来る。

では、それをみてみよう。
(1)之を喜ばしめて、以ってその守を験す。
(2)之を楽しましめて、以ってその癖を験す。
(3)之を怒らしめて、以ってその節を験す。
(4)之を懼れしめて、以ってその独を験す。
(5)之を苦しましめて、以ってその志を験す。
(6)之を哀しましめて、以ってその人を験す。

(1)之を喜ばしめて、以ってその守を験す。
 人は何か嬉しいことがあると、羽目を外すことがよくある。
 その時に何を守り、何を守らないかによってその人物を判断する訳。
(2)之を楽しましめて、以ってその癖を験す。
 楽しむと云うのは、感情的なものより知的な要素が多い時に感じる。
 例えば、クイズを楽しむ、ゲームを楽しむ等。
 その時にどんな癖があるのか、それを見分ける。
(3)之を怒らしめて、以ってその節を験す。
 人は平静何もない時は、その本質が表れない。しかし試しに怒らせてみる。
 その時に大抵の人は、何を言っているんだと言って怒る。
 ここで、平静でいられたら、普段から相等修練していることが分かる。
(4)之を懼れしめて、以ってその独を験す。
 よくサスペンスドラマ等で、こういう場面が出て来る。
 いわゆる恐怖で相手を、言いなりにする訳。
 その時に、しっかりと自分を主張することが出来るかどうかで、
 その人物を見分ける。
(5)之を苦しましめて、以ってその志を験す。
 例えば事業等をして金策に困った、その時に最後までその志を
 貫けるかどうかを判断するわけです。
(6)之を哀しましめて、以ってその人を験す。
 人間にとってこの哀しいと云うことは、全人格的にダメージを
 受けるのでこれに対処することは非常に難かしい。
 可愛がっていたペットを亡くした時の飼い主の気持ちを察すれば
 分かる。
 その時に、それをどう乗り越えるか、それによってその人物の
 生き様が分かる。

 我々の人生においても、この六つの場面に出くわす。
 その時に、天はこうして自分を試しているのだなーと思えば
 それはそれで、一つの見識と云うもの。
posted by 成功の道しるべ at 09:54| Comment(0) | 日記
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